人気ブログランキング | 話題のタグを見る

中仙道を行く3日目 ⑤野洲篠原 平家終焉の地   

2011年 11月 03日

守山宿をでて、野洲を歩いていくと古い町並みを歩いていたと思ったら、
田んぼ道に迷い込み、国道8号線を目指す。
8号線に出ると、そこが中仙道だった。
非常に分かりにくいところです。

途中 平宗盛の塚という文字が・・・
平家物語を読むと、壇ノ浦で捕虜になった、総大将 平宗盛が、
源義経に連れられ、鎌倉へ向かうが、Uターンにて、
この篠原で首を切られるというのが書かれてあります。
確か息子の清宗もこのあたりで処刑されている。
「平家に非ずんば人にあらず」といわれた栄光もここに終わる。中仙道を行く3日目 ⑤野洲篠原 平家終焉の地_e0248761_115830.jpg中仙道を行く3日目 ⑤野洲篠原 平家終焉の地_e0248761_121376.jpg中仙道を行く3日目 ⑤野洲篠原 平家終焉の地_e0248761_122920.jpg

ほかに、平家物語に出てくる 祇王の生誕地もこのあたりにある。

# by seikoudoku_kaido | 2011-11-03 02:27

中仙道を行く3日目 ④守山宿   

2011年 11月 02日

「京立ち守山泊まり」といわれるように、
京都を立った旅人の一日の日程は守山宿がその日の宿となったようです。
古い家もけっこう残っていて、なかなか赴きのある町並みで中仙道を行く3日目 ④守山宿_e0248761_0244623.jpg中仙道を行く3日目 ④守山宿_e0248761_025049.jpg中仙道を行く3日目 ④守山宿_e0248761_02514100.jpgす!

# by seikoudoku_kaido | 2011-11-02 02:16

中仙道を行く3日目 ③焔魔堂   

2011年 11月 01日

焔魔堂という名前の土地がある。
ここは五道山十王寺という名前からきているようです。
五道とは人間が修行の結果善悪の行いによって行き着く五つの場所をあらわします。
その途中には十の関所があり十人の王がいます。そのひとりが閻魔大王でリーダー的存在だそうです。
ここの開基は平安時代の参議 小野篁(おののたかむら)です。
非常にミステリアスな人物で、小野妹子を先祖とし、孫に三蹟の一人小野道風がいます。

百人一首の詩に有名な

『わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟』中仙道を行く3日目 ③焔魔堂_e0248761_1113799.jpg中仙道を行く3日目 ③焔魔堂_e0248761_1115444.jpg

があります。

また、京都東山の六道珍皇寺では、篁が夜ごと井戸を通って地獄に降り、
閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという逸話もあります。

いずれにせよ閻魔さんと篁は縁が深い関係みたいですね

# by seikoudoku_kaido | 2011-11-01 02:10

中仙道を行く3日目 ②古高俊太郎   

2011年 10月 31日

栗東市 大宝神社を過ぎるたころに、
古高俊太郎誕生地という石碑を発見!
古高俊太郎は幕末好きの方ならご存知だとおもいますが、
京都の四条で、長州の間者として、情報収集や武器弾薬を集めていましたが、
新撰組に捕まえられ、土方歳三の拷問の末、
風の強い日に御所へ火を放つという計画をしゃべってしまい

それがきっかけで、有名な池田屋事件に発展しました。

この先に 守山市古高町という地名があります。中仙道を行く3日目 ②古高俊太郎_e0248761_0472859.jpg

# by seikoudoku_kaido | 2011-10-31 02:10

中仙道を行く3日目 ①草津を歩く   

2011年 10月 30日

草津の追分から、商店街を歩いていると、
ここは中山道とか、表示がされているので非常にありがたい。
伊佐佐神社を通ると付近の地図があり、
その地図を手ががりに歩くと、人が2人くらいしか歩けないとほど狭い道になってきて、
ほんとにここが中仙道?と不安になってくると、
小さな手作りの表示で中山道と書かれているのを発見!
そのまま、JRの下のトンネルを抜けました。
ここにも、地元のボランティアガイドの方々が、作った地図があり、
非常にありがたかったです!中仙道を行く3日目 ①草津を歩く_e0248761_0232437.jpg中仙道を行く3日目 ①草津を歩く_e0248761_0234187.jpg

# by seikoudoku_kaido | 2011-10-30 00:15